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今日は「市川海老蔵★十三代目 團十郎白猿 襲名★勸玄 八代目新之助」の事をお伝えしたいと思います。

歌舞伎俳優の「市川海老蔵」が「14日」、「東京・歌舞伎座」で会見を開き、「十三代目市川團十郎白猿」「はくえん」を襲名することを発表しました。同時に、長男の「堀越勸玄」「かんげん」が「八代目市川新之助」を名乗り、初舞台を踏みます。襲名披露興行、初舞台は来年「2020年5月~7月」の「東京・歌舞伎座」を皮切りに全国各地で行われます。




新元号で迎える「東京五輪イヤー」に、歌舞伎界を代表する大名跡「團十郎」が「7年」ぶりに復活します。江戸時代から「300年」以上に渡って継承され、尊敬する「祖父、父」も背負った名を、当代きっての「人気役者・市川海老蔵」が受け継ぐことが決まりました。

「市川海老蔵」は「1985年5月」、父の「十二代目團十郎襲名披露興行」で、「七代目新之助」を襲名し初舞台。「平成の三之助」の「1人」として人気となり、「2000年」には「源氏物語」の「光源氏」を演じて「大ブーム」を巻き起こしました。「2004年5月」には「市川海老蔵」を「十一代目」として襲名しました。「10年」には「人気キャスター」だった「小林麻央」と結婚しました。

ですが「13年2月」、尊敬する「父・團十郎」は肺炎のため「66歳」で死去しました。悲しみが癒えぬ「14年10月」には最愛の「小林麻央」が乳がんの告知を受けました。「市川海老蔵」は人気役者として舞台に立ち続けながら闘病を「サポート」し回復を願い続けたのですが、「小林麻央」は「17年6月22日」に「34歳」の若さで他界しました。「小林麻央」が亡くなった翌日も気丈に舞台に立った「市川海老蔵」はその後も舞台で奮闘、今月は「東京・新橋演舞場」の「初春歌舞伎公演」で「5役」を務め、夜の部「牡丹花十一代「なとりぐさはなのじゅういちだい」」では「麗禾」「れいか」、「勸玄」「かんげん」と本興行では初となる「親子3人共演」も実現させました。




「勸玄」は「15年11月」に歌舞伎座で初お目見え。昨年「4月」には「成田山新勝寺」でお練り行列に参加した際、「歌舞伎の道に進みたいと思います」と伝統を受け継いで歌舞伎俳優の道を目指すことを初めて宣言していました。「祖父、父」と同じく「7歳」で初舞台を踏むことになります。

「團十郎」は江戸時代元禄期、荒事の創始者として歴史に名を刻む初代を祖とし、市川宗家に受け継がれてきた大名跡。「白猿」は「五代目團十郎」が俳名として用い、その孫である「七代目」も俳名で使用しました。

「オリンピックイヤー」に襲名披露興行を全国各地行えば「歌舞伎ファン」には最高の「プレゼント」になるでしょうね。