クリスマス★明治 大正 昭和 平成★クリスマスプレゼント変遷

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

こんばんは。
今日は「クリスマス明治 大正 昭和 平成★移り行くクリスマスプレゼント変遷」の事をお伝えしたいと思います。

雪が降り積もる地域も出てきて、冬らしい気候を感じる日々が続いています。そんな「年末モード」の中、街中は「イルミネーション」で光り輝く光景が広がり始めました。「クリスマスモード」一色になる中、特にお子様がいる家庭では「クリスマスプレゼント」をどうしようかと気がかりになっているのではないでしょうか。
実は、この「クリスマスプレゼント」を渡すという習慣、日本では明治時代から始まっていたというから驚きですね。時代による「クリスマスプレゼント」の変遷を見ていきます。

★「~明治時代~ クリスマスプレゼントに歯みがき粉




鎖国が終わり、江戸に入ると西洋の文化も日本に入ってくるようになります。「クリスマス」の文化が日本に広まり始めたのは明治時代の終わりごろのことだそうです。銀座の明治屋が、日本で初めて「クリスマスイルミネーション」を行ったといわれています。あわせて「クリスマスセール」も行うようになったそうです。
ですが当時は、現代のように「おもちゃやアクセサリー」といった「楽しいプレゼント」という意味合いとは少し違ったものでした。「キリスト教派」の福祉団体である「救世軍」が、貧しい人々を助けるため「プレゼント」を大々的に渡すという壮大な「プロジェクト」が行われたのです。なんと、このとき救世軍が「プレゼント」を手渡した人数は「約3万人」だそうです。救世軍の本気度が伝わる驚きの数ですね。このとき渡していた「プレゼント」の中身は「果物やパン、おもちゃ」などだったそうです。
この「大プロジェクト」をきっかけに、一般の家庭にも「クリスマスプレゼント」の習慣が広がっていきますが、「プレゼント」の定番のひとつになぜか「歯みがき粉」が含まれていたようです。これは「メーカー」が歯みがき粉を売り出すために仕掛けたものでしたが、今の時代、歯みがき粉を「プレゼント」されたら「えっ? 歯を磨けってこと?」と困惑すること人も多そうですね。

★「~大正時代~ 一般家庭に根づいたクリスマスプレゼント

すっかり「クリスマスプレゼント」の習慣が根づいた大正時代です。「1919:大正2年」には、「帝国ホテル」が「クリスマスパーティー」を主催しました。こちらは富裕層の楽しみだったことでしょうが、「クリスマスパーティー」という発想が生まれたのもこの時代でした。
さらに、一般の家庭でも「クリスマスプレゼント」の文化はすんなりと受け入れらていきます。日本の年末の贈り物といえば「お歳暮」です。お歳暮の習慣と相まって、この時期に「プレゼント」をするということに抵抗がなかったことも文化として広まった要因のようです。大正に入ると、いよいよ「プレゼント」も「クリスマス」らしさを感じさせるものが増えてきました。
★「クリスマスの飾りつけをした家のモチーフ
★「サンタクロースの人形
★「チョコレート
★「文房具
さらに大正らしさを感じるものとしては「タイプライター玩具」も、人気の「プレゼント」のひとつだったようです。今では見かけませんが、当時は貴重なものだったことでしょう。




★「~昭和・平成時代~ クリスマスブーツの登場

戦後、高度成長期に入る「1960年代」になると、再び「クリスマス」にまつわる市場も活気を取り戻します。「ブーツ」をかたどった袋にお菓子が詰め込まれた「クリスマスブーツ」が登場したのはこのころだといいます。これは包装に気を遣う日本ならではの発想だそうです。
また、子どもに向けた「クリスマスプレゼント」は、やはり「おもちゃ」ですね。おもちゃは昭和に入り定着したもののひとつなのです。歴史は意外と浅いのですね。
そして、おもちゃは昭和から平成にかけて日々進化していますから、そのときの流行や子どもの好みで「プレゼント」の傾向が大きく異なります。
ちなみに「ファミコン」が登場したのは「1983:昭和58年、ゲームボーイ」が登場したのは「1989:平成元年」のことです。「ゲーム」が「クリスマスプレゼント」の中心になっていたのも思い出されますね。
さう、もうすぐ「クリスマス」です。みなさんは誰にどんな「プレゼント」を贈りますか。いつの時代であっても、その人に喜ばれる「プレゼント」を選びたいものですね★

日本の「クリスマスプレゼント習慣」がこんなにも歴史が古いとは思いませんでしたよね。





人気ブログランキングへ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。