村上信五★俺らもそやったで!★満員電車に揺られた大阪時代を回顧

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こんばんは。
今日は「村上信五★俺らもそやったで!★満員電車に揺られた大阪時代を回顧」の事をお伝えしたいと思います。

「関ジャニ∞」の「村上信五」が「パーソナリティ」を務める「ラジオ」「村上信五の週刊!関ジャニ通信」「ABCラジオ」が「1月13日」深夜に放送されました。

「サッカー・AFC アジアカップ」が開催されている期間中の放送となったこの日。「オープニング」では初戦の「トルクメニスタン戦」が終了したあとの収録だったようです。「川平慈英・村上信五のサッカー・アジア王者への道」「テレビ朝日系」に出演している「村上信五」は、多忙な中での「ラジオ収録」となったようです。

そんな中、「2019年の目標は満員電車に負けない」という「リスナー」からの「メッセージ」が取り上げられました。この「リスナー」は、「4月」から東京の大学に通い始めるといい、満員電車に不安を覚えているそうです。これに「村上信五」は、




「でも、これ俺らもそやったで!15、16、17のとき、それこそ大阪に仕事行くときは高槻からJRか阪急乗って大阪まで通ってましたけど、朝早い仕事だったら実家からバス乗って、駅まで行って、めちゃくちゃ満員電車。もう満員電車というかフル満員のやつだったし」

と「ジャニーズJr.時代」を振り返りました。また、「Jr.時代」から多く仕事を抱えてきた「村上信五」は、東京に行く機会も多くあったと言い、

「始発で東京来いって言われた時なんか、始発のバス乗って行かなきゃいけなかったから。それでも田舎やったから間に合わへんときはお父さんに送ってもうたりとか、お父さんが出張でおらん時は、自転車で駅まで行って、始発の在来線乗って、新大阪」

と、かなりきつい交通事情の中、東京に通っていたことを告白しました。また、「「券売機は」今みたいにパネルとかもないから、みどりの窓口にサラリーマンの方と一緒に並んで、口頭で「前株なになにで領収書ください」って子どもが言うて、変な顔されて「笑」」と思い出を吐露しました。「それも早く並ばなきゃ乗り遅れるかもしれへんし、本数も今よりない頃」と振り返っていました。




ですが最後には、「不思議なもので10回やったら慣れるよね。「あ、こんな感じか」って。そこで自分なりの「ストレスマネジメント」というか。本読んだりラジオ聞いたり音楽聞いたり、自分の過ごし方を見つけるときが克服できるとき」と言い、「最初の10回かな。頑張ればええと思うけどな」と「アドバイス」を送っていました。

この話題に「リスナー」からは「Jr.のときから多忙だったから通勤も大変だったねー!」「大人と混じって仕事行くの、想像以上に大変だろうな」「いまは満員電車とか乗ることないだろうけど、昔は大変だったんだね!」といった声が集まっていました。

現在はすっかり売れっ子で、日本のみならず海外にまで飛び出して仕事をするようになった「村上信五」です。実はその裏には満員電車にもまれた下積み時代があったようですね。

「ビッグスター」になるまでの苦しい時があるからこそ今の「村上信五」の姿があるんですよね。



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