ジャニー喜多川社長追悼★ISSA&橘慶太★ジャニーズ圧力★メリー喜多川副社長の指示

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

こんばんは。
今日は「ジャニー喜多川社長追悼★ISSA&橘慶太★ジャニーズ圧力★メリー喜多川副社長の指示」の事をお伝えしたいと思います。

「7月9日、ジャニーズ事務所」の「ジャニー喜多川社長」が解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため死去しました。同事務所の「タレント」たちから続々と「“追悼コメント”」が発表される中、「DA PUMP」の「ISSA」や「w-inds.」の「橘慶太」といった他事務所所属の「男性タレント」も、自身の「SNS」で追悼の意を表しました。これについて、一部業界内外から「ジャニーズの「“圧力”」を受けた被害者からもコメントが出るとは」と、注目が集まっているといいます。

「ジャニー喜多川氏」が死去した翌日の「10日、事務所」は「所属タレント」による「ジャニー喜多川氏」への「追悼コメント」を正式発表しました。一方、「ISSA」は「9日」に自身の「Twitter」を更新し、「ジャニー喜多川様のご冥福を心よりお祈り致します」と追悼文を投稿しています。




また「10日」には、「橘慶太」も自身の「Twitter」で「素敵なグループを数多く生み出し、僕は沢山の影響を受けました。ジャニーさんがいらっしゃらなかった 僕は歌って踊る事を始めていなかったかも知れません。今いるダンスボーカルグループは皆んなそうだと思います。ジャニー喜多川様のご冥福を心よりお祈り致します」「原文ママ」と投稿しました。「ジャニーズ」以外の芸能人からも続々と「コメント」が集まっていますが、中でも「ISSA」と「橘慶太」への注目度は高いようです。

というのも、「1990~2000年代」はまさに「“ジャニーズ最盛期”」でした。同じ頃に他事務所から「デビュー」した「DA PUMP」や「w-inds.」は、「ジャニーズ」と同じ「“踊って歌える男性グループ”」だったことから圧力を受けていたようです。当時の「ジャニーズ」といえば、他事務所の「男性グループ」に対して、「存在自体を認めない」というような方針を取っており、出版社や「テレビ局」に対して「彼らを使うなら、ウチのタレントは一切登場させない」と、あからさまに要求していたと言われています。

「ジャニーズ」の「“圧力”」は、「DA PUMP」や「w-inds.」などの歌手だけに向けられていたわけではありませんでした。

「1993年」に「堂本光一」と「堂本剛」が「KinKi Kids」として活動を「スタート」させましたが、「翌1994年」に「アイドル的人気」を誇ることになる「お笑いコンビ・グレートチキンパワーズ」が「デビュー」すると、「大阪出身のユニットで、キャラがかぶる」という理由で、各所に圧力をかけていたそうです。その後、「グレチキ」の人気は下火になり、「2005年」に解散しています。




このような「“圧力”」の存在は「ネット」上でも知られているため、「ISSA」や「橘慶太」が「ジャニー喜多川氏」を偲ぶ「コメント」を出したことに対して、「つらい時代もあっただろうに」「大変な思いもしたはずなのに、こういう風にコメントできるのはすごい」など、「“恩讐を超えたコメント”」だと反響を呼んでいます。

現在の芸能界は、複数の「大手プロダクション」から「男性ユニット」や「アイドルグループ」が誕生していますが、これは「ジャニーズ」の力が弱まったというより時代の流れでしょう。このご時世、以前のように圧力を行使したところで、その実情を暴露でもされようものなら「“炎上騒ぎ”」では済みません。ただ、「ネット」上では「ジャニーズ」の圧力について「ジャニー喜多川氏の指示」とされているようですが、実際にこうした「“裏方仕事”」に回っていたのは、「メリー喜多川副社長」のようです。「ジャニー喜多川氏」自身は、他事務所の「タレント」にこうした被害があったことさえ、把握していなかったと思います。

「ジャニーズ」と「他事務所男性アイドル」の共演も、今後は実現していくのかもしれないですね。

過去の圧力問題がありながら追悼の意を表した「ISSA&橘慶太」の大人の対応には頭が下がりますよね。



  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。