堂本剛★ジョン万次郎★子孫・中濱京氏の話に泣けてくる★感動した訳

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こんばんは。
今日は「堂本剛★ジョン万次郎★子孫・中濱京氏の話に泣けてくる★感動した訳」の事をお伝えしたいと思います。

「KinKi Kids」の「バラエティー番組」「KinKi Kidsのブンブブーン」「フジテレビ系」です。「9月7日」の放送には、「お笑いタレント」の「ビビる大木」が「ゲスト出演」しました。

「ゲストのやりたいことをする」というのが「コンセプト」の同番組です。「ビビる大木」のやりたいこととは、「もっとジョン万次郎のことを知ってほしい!」というものでした。日本史が大好きで、高知県にある「ジョン万次郎資料館」の名誉館長でもある「ビビる大木」が、「KinKi Kids」に「幕末の偉人・ジョン万次郎」の激動の人生を「レクチャー」しました。




まず「ビビる大木」が「幕末で好きな人いますか?」と「2人」に質問すると、「堂本光一」は幕末の日本で武器商人として活躍し、「キリンビール発売」の功労者としても有名な「トーマス・グラバー」と返答しました。また、「堂本光一」は「ジョン万次郎」の本名「中濱万次郎」も知っており、かなり歴史好きのようです。

「ジョン万次郎」は、「1827年1月1日」高知県土佐の貧しい漁師の次男として生まれ、生活のために働いていた「14歳」の時、漁に出て遭難してしまいます。漂流した島で「アメリカ」の捕鯨船「ジョン・ハウランド号」に助けられましたが、外国船は鎖国制度により日本に近づけず、「16歳」の時、日本人で初めて「アメリカ本土」に上陸しました。「ホイットフィールド船長」に息子のようにかわいがられ共に生活し、その後、捕鯨船で世界を渡り歩きながらも「24歳」で帰国します。「アメリカ文化」を広め、開国を後押しし、日本と「アメリカ」の架け橋となった人物です。これを聞いた「堂本剛」は、「ジョン万次郎」が船長に助けられ、かわいがられたことに対して、「こういうことをしてあげたくなる人柄だったってことなんですよね」とつぶやいていました。

その後、「ジョン万次郎」は愛しい母親に会うため、「25歳」で土佐に帰郷します。そんな「ジョン万次郎」の「アメリカ生活」が書かれた「漂巽紀畧」を「坂本龍馬」が読み、「アメリカ」の民主主義を知ったことが、その後の日本の民主主義制度に続くといいます。

「堂本光一」は「本当にもとをたどれば、今の日本の社会のシステム、ジョン万次郎おらんかったらなってへんって話」と語り、「堂本剛」も「偶然というか、いろいろなものの連続で、こういう人生を送ることにはなったけれども、ちゃんと故郷に帰って、お母さんにもう一度会いたいとか情の部分があることによって、そこもまた人柄が影響してってことですよね」と「コメント」します。「2人」とも、「ジョン万次郎」の人柄の良さや、家族を大切思っている点を称賛したのでした。




そして、「ビビる大木」よりも「ジョン万次郎」をよく知る人物として、「ジョン万次郎」直系五代目の「子孫・中濱京氏」が登場しました。「中濱京氏」いわく、「万次郎っていうのは、不思議な磁力を持っていて、人と人とを引き寄せる力がある」とのことで、「堂本光一」は「ジャニー「喜多川」さんみたいだね!」と興奮気味に「コメント」しました。また、「中濱京氏」は「ホイットフィールド船長から授かった隣人愛。周りの人を助ける精神は、アメリカから受け取った一番大切なものであると、我が家でずっと伝わっているお話です」と語っていました。そんな話を象徴するかのように、いまだに「中濱京氏」と船長の子孫に交流があると聞き、「堂本剛」は「ウソ~泣けてくるやん!」「も~泣けてくるやん、そういうの!」と反応します。「タオル」で目頭をおさえる「ジェスチャー」をしつつ、感動を表現していました。

「ビビる大木」の話をすべて聞き終え、最後に「堂本剛」は「ジョン万次郎精神を、いろんな仲間に伝えますよ」と宣言します。「堂本光一」も「今日でトーマス・グラバーの上をいきましたよ。ジョン万次郎が1位!」といい、「2人」とも「ビビる大木」と「中濱京氏」の「プレゼン」によって、「ジョン万次郎」の魅力を再確認したようです。

この放送に「ネット」上では、「ジョン万次郎さんの授業楽しかったな。光一さん、歴史よく知ってるね。すごい!」「剛くんの優しさや、ご縁を大切にしてる部分、家族愛など人柄がすごく見えた」「光一くんのジャニーさん愛を感じて、ちょっとウルウルしちゃった」などの「コメント」が寄せられていました。

歴史上の人物に感動する「堂本剛」の優しさや人柄が垣間見え「ファン」も感動の時間を過ごせたようですね。



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